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やわらかな春の陽射しの温かさが、カーテンごしに伝わってくる。

ほんの少しだけ開けられた窓からは、花の匂いの風がはいってきて、ヨンイルの鼻を掠め

る。

4時間目の腹減り時、一番気が抜ける時間だ。

数学教師の退屈な説明と生徒達が必死に鉛筆をはしらせる音がBGMとなり、あらがい難

い眠気を誘う。

しかもヨンイルの席は窓際の一番後。

居眠りをするには最適のポジションだ。

 

しかし、ヨンイルは眠る気など毛頭なかった。こんな貴重な時間を居眠りなどに費やすの

は勿体ない、そう思っているヨンイルの手には、大好きな漫画本が一冊。

 

黒板にひたすら数式を書いて問題を解いている教師にちらりと目をやり、安心したように

薄く笑みを浮かべて腿の上に置いた漫画本に目を落とす。

教師の目を盗んで大好きな漫画を読む。ヨンイルはこの時間がたまらなく好きだった。

 

 

 

 

 

(この主人公かっこええわあ。敵役の姉ちゃんも色っぽいし、ストーリー展開も速くて

ぜんっぜん飽きん。ええ話しやー)

 

 

 

ヨンイルが漫画の世界に没頭し始めてから結構な時間が経った。

自分の顔がどんなにだらしなく緩んでいるかなど、ヨンイルには全く想像が出来なかった。

(しようとも思わないのだが)だからなのだろう、いつの間にか教師が黒板に数式を

書く手が止まっていることにも気付かなかった。

 

 

 

そして………

 

 

 

 

「ヨンイル、君は何をやっているんだ?」

 

 

 

 

 

バレた。

 

 

 

苛立ちを含んだ教師の声に、ヨンイルははっとして顔を上げる。

二次元の世界に飛ばしていた意識を現実世界に戻すと、黒板の前に居たはずの教師が、何

故かヨンイルの席の前に冷徹な表情をして立っていた。

生徒達曰く、絶対零度の眼差しで見つめられれば、凍りつく他ないだろう。

それでも何とかその場を乗り切ろうとヨンイルは必死で笑顔をつくる。

 

 

 

 

「そりゃあ、真面目に授業受けてたに決まってますやん!安田センセ」

 

 

 

 

安田と呼ばれた男は、ヨンイルの言葉に眼鏡の奥の双眸を至極不愉快そうに眇めた。

 

 

 

 

「…真面目に授業を受けていた…?ならその手に持っているものは何だ?どう見ても私の

授業には不必要なものに見えるが?」

 

 

 

 

安田の言葉に、ヨンイルはひきつった笑顔を顔面に張り付けたまま、腿の上で漫画本を

持って行き場を無くした自分の手を見つめる。

すぐに机の中にでもしまえばよかったと、今更ながらに激しい後悔に襲われる。

 

 

 

「これは教科書ですやん……あー…人生の?」

 

 

 

 

苦し紛れにそう言って安田を見上げる。

 

 

 

沈黙。

 

 

 

しかし次の瞬間、教室中にドッと笑いが起こった。

そうして初めて、ヨンイルはクラスメイト達の好奇の視線が自分に注がれていたことに気

がついた。

自分のほうを見て笑う彼ら(彼らと言うのは、ここは男子校で彼女と呼ぶ存在がいないか

らである)を忌々しく見つめていると、ヨンイルの目にある少年が入ってきた。

ヨンイルの席から見えるのはその後姿だけだが、皆が自分を見て笑っている中、その少年

だけは一番前の席で、ヨンイルのことなど見ようともせず黙々と机に向かっていた。   

   

自分のことなど気にもとめていないといった彼の様子に、あんな奴クラスに居ただろうか

と疑問に思うのと同時に、何故だか少し気になった。

自分と同じブレザーを着ているが、その華奢な背中は他の生徒達とは違った印象を受ける。

一切染色をしていない黒髪を綺麗に切りそろえてあり、ふと見えた横顔は、

白い肌が男とは思えない程綺麗だった。

近眼なのだろうか、少年は眼鏡をかけていて、レンズの奥の瞳はとても真剣だった。

その少年だけ別世界にいる人間のように見えた。

 

 

 

「人生の教科書など私の授業では必要ない。必要なのは数学の教科書のみだ」

 

 

 

苛立ちを露にした安田の言葉に、はっと少年から目を離して安田に移すと、

その手には人生の教科書と形容したヨンイルの漫画本が握られていた。

ヨンイルが少年に視線と思考を奪われているうちに、

机の上に置いてあったそれを安田は取り上げたのだ。

 

 

 

「ちょっ!安田センセ・・・!それどないする気?!」

 

 

 

ガタっと大きな音を立てて席を立つと、安田の手の中の漫画本を指差して慌てて尋ねる。

ものすごく嫌な予感を抱えて。

ヨンイルの問いかけに、安田は眉根をきゅっと寄せて、眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。

そんな仕草も様になるのは安田が美形という枠に分類されるからなのだろうが、

今はそんなことどうでもいい。

ヨンイルの頭からは先程の少年のことも綺麗にぶっとび、

今は安田の手の中の漫画のことしか考えられない。

 

 

 

「決まっているだろう。これは一週間没収だ」

 

 

 

死刑宣告。

 

まさにそれだ。

安田の言葉は犯罪者を断罪するが如くきっぱりとしたもので、そして、冷たかった。

安田はもういいだろう、と、言いたげにヨンイルから目を離し、背を向けた。

ヨンイルの目には、そんな安田が悪魔のように見えた。

 

 

 

「・・・・・・っ安田センセの鬼!悪魔!それがなかったら俺、死んでまう・・・!」

 

 

 

最後のあがきのようにそう叫ぶと、教卓へ戻るためにヨンイルに背を向けて歩いていた安田がゆっくりと振り返る。

一瞬もしかしたら、と、期待してしまうが、安田の次の一言で己の期待はひどく虚しいものだったと悟る。

 

 

「・・・・・・そうか。なら勝手に死ね」

 

 

 

教師にあるまじき暴言やー!だとか、教育委員会に訴えたる!だとか、

普段のヨンイルならばその手の罵りの言葉が思い浮かぶのだが、今のヨンイルはあまり

の事態に絶望の色で思考回路が塗りたくられていたために、何も言えなかった。

 

 

 

 

 

      * * * *

 

 

 

「ヨンイルさん!!」

 

 

 

昼休み。耳障りな生徒たちの喧騒の中、ヨンイルは食欲も起きず、コンビニで買っておいたパンも

鞄の中に入れたまま自分の机に突っ伏していた。

自分を呼ぶ声でさえも、気のせいで片付けて不貞寝をしようと思っていたが、

おもいっきり肩を揺さぶられて耳元で断続的に名前を叫ばれ、それも叶わなくなった。

 

 

 

「・・・・・・なんやー?どないしたー?ワンフー。俺は今不機嫌なんや。くだらない

用事やったら・・・・・・ラムちゃんコスプレやらせた挙句写真撮ってネットでばら撒くで?」

 

 

 

あからさまに不機嫌になっているだろう自分の顔を見せたくなくて、ヨンイルは

腕に顔を埋めたまま名前を呼ぶ少年に答える。

ワンフーと呼ばれた少年は、明らかに不機嫌なヨンイルの声にびくっと体を

震わせるも、ここで引いてはならないと、口を開く。

 

 

 

「・・・・・・・ヨンイルさんっ!俺、クラスの奴にヨンイルさんが安田の野郎に漫画本没収されたって聞いてきたんスけど、マジっスか?!」

 

 

 

もうあの話が出回っているのかと、ヨンイルは驚いて顔をあげ、ワンフーを見る。

ワンフーはといえば、そんな俺の様子になんとも情けない顔をして、「その様子だとマジみたいっすね」と肩を落とした。

 

ヨンイルとワンフーは同じ1学年だが、クラスは別だ。ヨンイルが1組で、ワンフーは2組。

そして、同学年のはずのワンフーが何故ヨンイルに敬称をつけているのかというと、それは一重にヨンイルの人望だ。

同級生は勿論、上級生でさえヨンイルに敬語を使うものもいる。

彼等は所謂ヨンイルのシンパで、別名、『ヨンイルさんの貞操を守り隊』などといわれる場合もある。

ワンフーは元来手癖が悪く、何回もスリを働いていた。

そして、入学早々癖となっていたスリを上級生相手に働き、運悪くそれがばれてしまった。

強面の上級生5人に取り囲まれ、危うく袋叩きに遭うところだったのをヨンイルに助けられたのだった。

ありがとうと礼を言いかけたワンフーに、ヨンイルは「もうスリなんかすんな」と、真剣に怒って、ワンフーを上級生と同様に殴り飛ばした。

そんなヨンイルの男気に惚れ、それからワンフーはヨンイルの子分となったのだ。

 

 

 

「・・・・なんやワンフー?結局お前、傷心の俺を笑いにきたんか?」

 

 

 

ふっと自嘲気味な笑みを浮かべて、どこか遠くを見つめるように窓の外に目をむける。

空はムカつくくらいに青いなあとぼんやりと思っているうちに、

ワンフーの顔はみるみるうちに青くなっていく。

 

 

 

「そんなわけ無いじゃないっスか!!!1ヶ月前のヨンイルさんとの約束が無きゃあ

速攻で安田からヨンイルさんが取られた漫画盗り返してやりますよ!」

 

 

 

必死で先のヨンイルの言葉を否定するワンフーは、悔しそうに拳を握り締める。

何もできない自分の右手を。

 

 

 

「・・・・・・・ごめんなワンフー。今俺気ぃたっとんねん。お前は俺のこと心配

してきてくれたんやろ?」

 

「ヨンイルさん・・・・・・・」

 

わかっている。そんなことは。ワンフーは優しい奴なのだから。

感極まったように目を潤ませるワンフーに、ヨンイルは苦笑をもらす。

頭でも撫でてやろうかと、ワンフーの頭に手を伸ばそうとするも、ワンフーが

思い出したようにいきなり「あ!」と、声をあげたために、空中でその手は行き場をなくしてしまう。

その手をひっこめると、どうしたのかとワンフーの顔を覗き込んだ。

 

 

 

「俺、ヨンイルさんを助けたくって来たんス!」

 

「助ける・・・?」

 

「はい!あの、同じクラスの鍵屋崎に頼んで、安田から本取り返して貰えばいいんじゃないっスかね?」

 

「は?鍵屋崎・・・?」

 

 

 

初めて耳にする名前に、ヨンイルは首を傾げる。

そんなヨンイルに、ワンフーは更に言い募る。

 

 

 

「鍵屋崎っスよ!鍵屋崎直!同じクラスにいるでしょ?!」

 

「・・・鍵屋崎・・・・鍵屋崎・・・んーーーー・・・・・・わからん」

 

 

 

しばし首を捻って考えてみても、鍵屋崎という名前の人間の顔は思い浮かばない。

どうやらヨンイルの脳のフォルダには入っていないらしい。

ワンフーは「なんでわかんないっスか、同じクラスなのに」と、口の中で

恨み言をぶつぶつと呟きながら、鍵屋崎を捜して、教室の中をぐるりと見渡す。

 

 

 

「あ!ほら!アイツっスよ!アイツが鍵屋崎!」

 

 

 

目的の人物が見つかったのだろう、ワンフーは興奮したような口調でヨンイルの肩を叩き、

鍵屋崎という人物を指差す。

ヨンイルは瞠目した。

ワンフーの指差す方向を見れば、そこにはさっきの授業でヨンイルが目にとめた少年がいたからだ。

昼休みだというのに、友達と会話をするでもなく、ただ一人で本を読んでいる。

 

 

 

「あれが鍵屋崎っス!なんでも、安田と親しい関係にあるって噂で聞きました」

 

「親しい関係ってなんや」

 

「さあ、それはわかんないっスけど。・・・ね、ヨンイルさんの救世主になってくれそうじゃないっスか?」

 

 

 

ワンフーとの会話の中、ヨンイルは鍵屋崎から目を離さなかった。

 

 

 

 

アイツが、鍵屋崎直・・・・・・。

 

 

 

 

俺の、救世主・・・・・・?

 

 

 

 

 

 

ぐへ、設定めっさめさなヨン直学パロ小説です。ヨンイルを幸せにしたいがために

書き出しましたが、幸せになるのかな?(汗

 

 

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